1900s-1910s
Hibrid music was born in New Orleans
ニューオリンズ、そこに素敵にハイブリッドな音楽が生まれた
アメリカの歴史におけるジャズ
ジャズという言葉ほどアメリカを的確に表現しているものははない、 と思う。それはジャズが最もアメリカらしい音楽であるということとは少し違う。いわゆるジャズの起源が、なんともつかみどころのない巨大な国の社会や文化をみごとにシンボライズしている、とういことなのだ。もしちょっとした機会と暇があったなら、本棚のすみっこで埃をかぶっている歴史のテキストをひもといてみるといい。「18世紀のアメリカ植民地政策」なんていうタイトルがついているところだ。ちょっと視点を
変えると、たいくつな歴史的な事実の中から、ビィビットなリズムとスリリングなフレーズが聴こえてくるはずだ。
このミシシッピーの河口に近いこの港街には、フランス人、スペイン人、イギリス人、そして黒人やヨーロッパと黒人との混血(クレオール)と、様様な民族がそれぞれの文化とともに共存していた。もちろんそれには1803年以前のスペイン やフランスの支配やプランテーションにおける農作物栽培における黒人奴隷の存在と言うちゃんとした理由がある。ところで
民族にはその民族固有の音楽がある。だから当時のニュー・オリンズにはその民族の数だけ音楽があった、というわけだ。
ところがそんな中でも主流になっいたのは、支配者側に立つ白人の音楽だった。それじゃ黒人の音楽がその時代にアメリカにおいては消えてしまったのか、といえばそうではない。西洋音楽のフレーズやハーモニーといったものが、黒人の持っている得意な感性のフィルターを通して、新しい形式の音楽を生み出してしまったのだ。それがジャズの起源と言われている。でも、当時のニューオリンズ市民の音楽は現在のいわゆるジャズとは少し違う。JAZZという言葉が「ばか騒ぎ」という米語のスラングであることからも推し計かれるように、
当時としては画期的な楽器編成やテクニック、そして多民族の音楽的要素が、なんとなくまとまってできた市民的レベルでの「おたのしみ」であったのだ。
そうしたお祭り的ドンチャン騒ぎの中から、いくつかの形式を持った音楽が生まれてきた。ひとつは黒人奴隷の労働歌や囚人歌、そして黒人霊歌から派生してきたブルースである。パターン化されたコードの中で深い情念を表現してゆくこのブスースはやがて、ポピュラー
な要素と軽快なリズムを持ち合わせたR&B(リズムアンドブルース)という形式を生み出し、それが大西洋を渡ってロック・ミュージックへと姿を変えてきている。
今回(1984年)のバドワイザー・ニューポート・ジャズ・フェスティバル・イン・斑尾での最大の話題は、いわばジャズの血を分けた兄弟であり、ロックのお師匠さん的な存在であるブルースの神様、B.B.キングの出演である。
ニューオリンズのお祭りバンドは一方で、ヨーロッパ人のブラスバンドの編成とメロディーに黒人やクレオールの リズムやフィーリング を加えたひとつの音楽の形をつくりつつあった。それが、僕たちがごく一般的に頭に思い浮かべる事のできる「JAZZ」なのである。(P1984)